地区民児協の研修旅行で上高地と新穂高ロープウェイ・高山へのバス旅行。今回は当番になっているので事前の準備が色々あった。細々とした事を他の3人にしてもらったら結局、会計がまわって来た。
担当の方が「車に積んだつもりでお茶菓子を忘れた」というアクシデントはあったが、彼女はビワのパウンドケーキを作って来てくれたし「鳥と競争の収穫」だという庭の生のビワも持って来てくれた。1人はゼリーを2種類も作って来てくれたし、もう1人は生ビールの樽を持ち込んでくれた。
7時過ぎには藤枝ICから第2東名へ、お楽しみの前にガイドさんの挨拶、会長の挨拶、当番長の挨拶があってバスは進む。清水PAでトイレ休憩を取った後、清水ICからR52へ。ここから研修DVD。1つは災害時要援護者をどう守るかというNHKの番組のもの、もう1つは認知症のお年寄りにどのように話しかければ良いのというものだった。割合に短いものだったが、要点が明確で分かりやすかった。
その後は歌の練習。今年は『潮騒の町へ』。歌集も新しいものを作って来てくれていた。
そうこうしている内に道の駅・塩の華でトイレ休憩。生ビールも解禁。増穂ICから中部横断自動車道へ。R52もずいぶん楽に走れる道になった。双葉JCTから中央高速へ。次は諏訪SAで休憩。うっかり投函し忘れていた小学校の運動会のお礼のはがきをポストに入れた。お次は岡谷JCTから長野道へ。正面に穂高連峰が見えてきた。11時過ぎには松本ICからR158へ。少し時間が遅れ気味になっているが、基本10分のトイレ休憩だけで走る予定の強行軍なので、どうしても休憩時間内に集まりきれずに少しずつ遅れてくる。次の休憩は道の駅・風穴の里。木が多用されていて落ち着いている。スカーフを忘れたので綿のタオルマフラーを買った。
諏訪湖 |
道の駅・風穴の里で |
河童橋 |
道の駅・風穴の里からほぼ1時間で上高地。夏の最盛期は観光バスも含めて途中の駐車場止まりでそこからは地元のバスに乗る事になるそうだが、まだ河童橋手前の駐車場まで入る事が出来た。大きな駐車場のまわりはさっそく土産物店もあるが時間が押しているのでトイレだけで昼食会場のホテル白樺荘に行こうとしているのに1人行方不明。良いご機嫌で「孫にみやげ」と河童のぬいぐるみを買っていた。
河童橋を渡ってすぐのホテルで食事。1時近かったのでラウンジのお客さんはともかくレストランは貸し切りだった。
食後はガイドさんの先導で明神池まで片道1時間の散策。丁度ウワミズザクラが満開でイチリンソウやニリンソウなどの白い花々がきれいだった。ヤブレガサやハシリドコロ、スミレ、サクラソウっぽい白い花など他にも名前の分からない色々な花が咲いていた。
明神橋で記念写真、そこを渡ったところにある明神池は奥穂高神社奥宮のご神体のような形になっている。入場料\300で中を散策できるようだが、他の2人とともに入り口で一休みを選択、緑色の池を垣間見た。その手前には穂高の案内人としてこの地に1番早く小屋を建てた上條嘉門次(1847〜1917)の小屋が今も続いており、記念碑も建てられていた。
コースタイムは45分だそうだが、あっちにチョロチョロ、こっちで立ち止まりと、まとまりのない団体の上に他の散策客も多いので、帰りは違う道を行きたいと言ったら「そちらの方がかなり長いですから」と富士山もお客さんと登ったという健脚のガイドさんに却下された。同じ道をせっせと戻って、予定より1時間近く時間オーバー、しかし後は宿に入るだけという事でそのままバスへ。
30分ほどの車中で部屋割を確認して無事に宿に到着した。
本日のお宿は穂高荘・山月。玄関を入った途端に畳敷きの上り口が迎えてくれる。屏風の前には大ぶりな餅花が大きく生けてありかなりの迫力。しかし、そこからスリッパをはいてロビーに出る事になるのだが…。
部屋も広く5人でゆったり。男性はたばこを吸う派と吸わない派に偶然分かれたそうで部屋割担当者が感謝されたそうだ。
しばらくおしゃべりをしながらお茶を頂いて荷物整理。
よく歩いたのでサッサと着替えて温泉へ。温泉も入口の休みどころは畳敷き、壺庭に咲いていたユリがきれいだった。奥の風呂場に通じる通路も畳敷きになって日本画の軸が飾られていた。お風呂はそう大きくはないがこの時間我々だけなのでゆったりと入れた。泉質は単純泉と重曹泉の2つがありミックスして使っているそうだ。癖がなくよく温まる。
その後はくつろいで食事。珍しく女性の方が早く集まった。今回唯一の男性幹事が挨拶。食事は仲居さんと添乗さんが世話をしてくれるので我々の出番はなし。後半はカラオケも少しやった。
食後は売店を見に行った。お菓子・飛騨牛を使った食品・漬物・お酒・湯の花などあまりスペースはないのだがそれなりに楽しかった。2人お休みの方が居たので当番としておみやげを手配。
早々と部屋に帰ってきて敷かれた布団にころがって「今日は早寝をしよう」とか言いながら、気が付けば良い加減遅い時間まで話の花が咲いていた。地区の1泊研修旅行はこのために行っているようなところもあるが幸い今回は「大変でさぁ」というケースは出なかった。
夜は遅くても皆さん朝の目覚めは早い。5時起き…。1人が「お散歩に行ってくるから」と出かけ、後の4人は朝風呂へ。
部屋に戻って「お茶でも飲みましょうか」と一服。温まった体を落ち着かせて荷物の整理。売店をさらっとのぞいて朝食会場へ。バイキングではなくお膳の上には日本の宿のデラックス朝食。朴葉味噌やシラス干し、辛味シイタケなどご飯が進むものばかり。定番の卵焼きや茶碗蒸し、野菜とウィンナーなどの蒸し物もあって朝からお腹一杯になった。
昨日疲れて体調を崩しお夕飯は食べないで寝に行った方も朝は無事に食事をされていた。
食後に一休みする時間が取れて8時50分、宿の前で記念写真を撮って出発。団体客は我々だけだったらしく宿の方皆さんで送ってくれた。
バスは15分ほどで新穂高ロープウェイの新穂高温泉駅へ。ここで切符を渡されてウネウネと並んでロープウェイを待つが、さすがに別の団体さんやお客さんもいて我々のグループらしく気が付けばいくつかのグループに分断されていた。
第1ロープウェイはここから鍋平駅まで、ここで1度駅を出てしらかば平駅から第2ロープウェイで西穂高口駅まで登る。この第2ロープウェイは2階建てになっている。2階部分に乗ったが、ふもとは初夏の景色だが、途中は芽吹きだしたばかりの木々の葉の柔らかな色が広がり、登るにつれて周りの山々が大きくなってくる。足元の白樺はこれから芽を伸ばそうという様。
ロープウエイを降りてまずは屋上に上って周りの山々を眺める。穂高や槍、焼岳などが手に取るように見える。さすがに雪山を間近にすると肌寒い。やっと荷物にしかならなかったヤッケを広げる機会が来た。
山を堪能した後は土産物屋経由で外へ。千石園地はまだ雪に覆われ、通路の雪だけかき除けられていた。水芭蕉がきれいだった。また槍ヶ岳を開山(初登頂)した播隆上人の像があった。雪が珍しい我々、おじさん・おばさんがついはしゃいで雪投げをしたり…。
ケーブルカーの運行が1時間に2本程度でしかも乗り継ぎをしなければならないので、予定より1時間遅れた便で下山。手軽な高山を堪能した。
11時過ぎにようやく新穂高温泉駅前の駐車場を出発。朝後にした宿の前を再度通ってR471からR158を進んで高山方面へ。12時を過ぎた頃に板倉ラーメンに到着。ただしここは昼食のためではなく見学とトイレの拝借のため。しかし時間も時間で、お味見のラーメンを出されても、もう少しで昼食と思うとかえって手が出ない。実際、ここから20分ほどで高山の町に入った。
駐車場に入ったバスから「皆さん、はぐれないでくださいね」とガイドさんに先導されて昼食場所の味の与平へ。酒蔵が経営するレストランだそうだ。飛騨牛を使った焼き肉と一口ほどのシチュー。柔らかくて良いお肉だった。
1時間ほどの食事時間の後は古い町並みが残る町を散歩。飛騨高山と言えばお祭りの屋台が有名だが、それぞれの町内ごとに屋台をしまう蔵もあり、その前には誇らかに写真が飾られている。交代で資料館で観光客にお披露目をしているようだ。物おじせず人に話しかけるの市民児委員さん達の得意技、誰か彼かが町の人に興味を持った事について話しかけている。
高山祭の話を聞いたり、お昼のお肉が美味しかったのでとわざわざ仕入先のお肉屋さんを教えてもらっておみやげを買いに行ったり、この町の小さなお菓子屋さんの草餅が美味しいからとお店のありかを探して買い物に行ったりと町を歩く。飛騨の匠の故郷、春慶塗をはじめ木工品の店も色々あったが酒屋さんの多い街だった。
高山祭の屋台を見に資料館に行く人、散歩の人、買い物の人といつの間にか数人ずつに分かれている。しかし狭い街なのでまた合流したりもある。また、宮川沿いで「白線流しは今もやっているの?」と地元の高校生に訊ねている人もいた。今は制服が違うのでやっていないとの事だったが…。
雨が降りそうな雲行きとなり、満足するほどの買い物も済ませて3時40分出発。後は焼津を目指すのみ。
中部縦貫自動車道・高山IC(とりあえずこの道路はここまでできている)から飛騨清見ICを通って東海北陸自動車道へ。ひるがの高原SAで一休み。そろそろ夕方だがまだ明るい。
ここからしばらくバスの中はビンゴゲーム。みんな意外と開かずにかえって盛り上がる。トップでIさんが上がってからしばらく男性ばかりが上がっていく。1時間近く「リーチはいくつもかかっているのに…」などと言いながら盛り上がった。
美濃関JCTから東海環状自動車道。美濃賀茂SAで夕食のお弁当の積み込み。と言ってもいったんバスを降りたメンバーが乗って来るところでガイドさんがお弁当とお茶を渡してくれた。この後しばらくDVD鑑賞。
今回は『殯(もがり)の森』。認知症のグループホームを舞台に認知症のおじいさんと若い女性の介護士との交流だが、自然を描いた映像がとてもきれいだった。しかし、その情景を現実のものと取るか心象風景と取るかそれぞれに感想は分かれた。私は特に森の中をさまようシーンは介護士の心象風景と取りたい。
豊田JCTから東名高速、7時前、美合PAでトイレ休憩。驚いた事にほとんどの人がお弁当を食べ終わっていた。朝食も昼食も重かったうえ色々と口に入れているのであまりお腹は空いていなかったが、私もお夕飯に手をつける。
牧之原SAでもう1度休憩を取りそろそろ旅も終わり。会長の挨拶、ガイドさんの挨拶があって、9時前には焼津IC。それぞれ乗った所で下してもらって解散となった。