ちょっとした感想   

13/5/30

   先日、東京に出た時は中央線と東武東上線で人身事故があり電車が止まっていると車内ニュースが出ていた。
   そして今日はR150の新日本坂トンネルで2つの事故。1つは上り線の入口すぐの所で4台が追突、さほどのものでは無くても1車線使えなくてしばらくぶりに渋滞していた。しかし、出口付近の小型トラックのスピンが初めに起こった事故だったようで、こちらも1車線をふさいで後始末中、多分こちらが先に起きて渋滞の中で追突事故が起きたのだろう。
   電車の事故、車の事故とも最近ずいぶんと多いように感じる。1人1人の人間に余裕がなくなっただけでなく、物理的に人手が足りずに安全が確保されていないのではないかと思う。日本の正確な技術は見えない所で人手をきちんと掛ける事で確保されてきた。安ければ良いという考え方はそろそろ卒業するべきではないだろうか。

13/5/28

   そろそろ息抜きをしたいなぁという所で東京は銀座まで。TOPPOさんと合流してちょっとした知り合い(TOPPOさんのお友達)が学生時代のお仲間と展覧会をしているというので遊びに行った。幻の東京デザインカレッジ漫画科展。なぜ幻かというと彼女が入学した年の夏にはなくなってしまったらしい。40名近くが数点ずつ出していたが、作品の方向はばらばらなのに、それぞれに個性が熟成されて良い味が出ていた。
   今日の昼間は我々と彼女の別のお仲間が数人集まって貸し切り状態。近所の店でお昼をご一緒して、さらにギャラリーに戻ってワイワイと賑やかに楽しんできた。

13/5/27

   アベノミックスもそろそろ失速だろうか。個人の生活に円安はあまりメリットがない。特に田舎暮らしでは円安によるガソリン高騰は困る。食料品はまだ影響が出る直前という感じで、そろそろ上がるであろう小麦粉製品や油の安売りをしているが、昔ほど無茶苦茶な安売りにはなっていない。ついでに言えば、退職で給料が入らなくなった我が家では年金もまだもらえない年齢で、貯金の取り崩しで生活をするわけだがこの利子がほとんどつかない。結果、我が家は思い切り財布のひもを引き締める事にしている。
   現政権の経済活動は押し並べて大規模化を狙っているようだが、大企業が引き受けられる人員は限られている。本来ならば農林漁業や商店・こだわりの技術を持つ職人など小さな起業を促し、中小零細の一国一城の主たらんとする人材を育てるべきだが、それができていない現状で日銭稼ぎの派遣やパートで働く人が増え、日本という国全体が脆弱になっている。これは小泉改革以来のツケで、そろそろこの国の仕事をして生活して将来に備える働き方と暮らし方の新モデルを作っていかなければならない。何時までもサラリーマンと専業主婦に子供2人のモデルは通用しない。

13/5/19

   従軍慰安婦発言では橋元市長はケチョンケチョンにやられている。今日もテレビ朝日系の番組でかなりの時間論じていたが、彼は言わんとしている事をもっと整理すべきだと思った。
   まず、当時管理売春は合法だった。売春防止法が出来たのは戦後、1956年の事である。ほとんどが事業者を軍の後方基地などに帯同させる形だったらしいから、今の時点からどうこう言う事は出来ても時代的にはそういう時代であった事を押さえておくべきだろう。
   もう1つ気になる事はかなりの日本人売春婦が戦地に連れだされた、しかし最終的に負け戦の中で彼女達がどうなったかはほとんど闇の中ではないのだろうか。当時としても褒められる仕事ではない彼女達が日本人避難民として他の人々と同じ程度に扱われたのか、それも含めて歴史は検証されるべきである。
   一方で現在の沖縄のアメリカ軍について彼が言っている事は正しい。アメリカは国家として人権を尊重するというのなら、そのために他国と戦うとまで言うのなら、沖縄の人々の人権も守るべきだ。そこにいる女性や少女に性的暴行を行う事は許されないし、学校や保育所・民家の上空をしかも低空で飛行する事など許されない。

13/5/14

   大阪の橋下市長が従軍慰安婦容認論のような事を言ったようだ。政治家としてはそういう論もあるかもしれないが、人権を守るべき弁護士としてそれはダメだと思うのだが。
   戦場でなくても女性を拉致しその性を商品化する行為は犯罪である。
   しかし、歴史をひも解けば古代から戦場と娼婦はつきものだったと思われる。ただし、本人の気持ちはともかく1つの生業として最近まで、もしかしたら今でも行われている事だという事から目をそらすべきではない。
   女性の人権を守るためにそんなことは認められないと離れた所で言ってみたところで「この殺伐とした中で私達を飢え死にさせるのか」と言われたら、それに応えられる人はどれだけいるだろうか。善悪を超えて生きのびる事こそ正しいとその中で生きてきた多くの女性達が居る事は確かだし、無関係な者達が政治上の発言としてああだこうだとただ言う事は当人達に大変失礼な事だと思う。

13/5/7

   テレビを見ていたら東横線の旧渋谷駅廃止のニュースをやっていた。いわゆるお別れ会というのか、多くの人々が記念撮影をしたり思い出に浸ったりしたようだ。
   学生時代に渋谷駅にはお世話になったが、私は井の頭線利用者で東横線は国鉄を挟んでその先、端から端まで歩くという印象があった。TOPPOさんが渋谷に出るには東横線利用だったので待ち合わせには東横線側をよく使った。どこで遊んだという記憶は飛んでいるのだが、人をかき分けながら当時でさえレトロな通路を端から端まで歩いた記憶ばかりが残っている。

13/5/5

   子どもの日だが最近大きな鯉のぼりをあまり見ない。子供も少なくなっているし、鯉のぼりを立てるほどの広い庭も少ないから必然的に見かけなくなっているのだろう。それでもアパートの窓辺サイズの鯉のぼりがベランダではためいていたりすると嬉しくなる。
   少子化というのは家族の問題でも年金負担の問題でもなくコミュニティーの存続の問題なのだがなかなかそのような所からの切り口が見えない。地域が子供を一人前の大人に育てていく事から次の世代に地域のバトンがつながっていく。保護すべき子供・介護すべきお年寄りなどと役割を固定化していたら人は育たない。子どもは大人になっていくし大人も直にお年寄りとなる。その連続性を考えたらいつまでも素直に言う事を聞く子どもでい続けてくれては困る。大人になってほしいと思ったらそれなりの責任感と行動が取れるように年齢とともに訓練されて行かねばならない。昔は祭りなどの地域の行事の中で地域の大人全体が順に伝えていったものなのだろうがその代わりになるものが今ないのではないだろうか。その後の経済成長時代は地域の代わりを会社が受け持ったが今やそれもない。
   子どもは年齢も体格も勝手に大きくなっていくだろうが社会性や感性は代々伝えられて育つものではないだろうか。

13/5/4

   我が家では連休に動く必然性は全くなくなったのだが、良いお天気に誘われてドライブに出た。と言っても遠方に行くほどの余裕もないので茶畑の写真を撮りに金谷から御前崎方面へ。
   ちょうど連休中の明日まで世界お茶まつりで金谷のお茶の郷と静岡空港を会場に宣伝も打っていたのだが、さすがに混んでいた。お茶の郷は駐車場に入るまでにグルリと茶畑の中を1周させられる形で待たされて延々30分強。売店をサラリと見た後は茶畑の中をあちらこちらして写真撮影。新芽はきれいだが、あちらこちらでお茶つみ(刈りだが)中という訳ではない。お茶の郷のイベントで茶摘み娘姿で手摘み体験をしている子供さん達がいた。
   10時前には家を出たはずなのだが、これだけでもう昼近く。食堂に上がって順番をとったがこれまたなかなか回ってこない。ここでまた30分は軽く待たされ。しかし、お茶は急須と茶っ葉とお湯が準備されたセルフサービスとはいえ美味しかった。
   前から欲しかった葛布の色紙掛けを買って博物館は見ずに次は御前崎方面へ。途切れ途切れだったR150バイパスが全部通って走りやすくなったが面白みはなくなった。それでも両側のそこここに茶畑があるが、さすがにカメラを取り出してという訳にはいかない。
   なぶら館も混んでいたのでそのまま海岸通りへ。最近は人の少ない市営駐車場も満員で屋台店まで出ていた。ここも通過してサーファー達が多い駐車場に車を入れ、ハマエンドウやハマヒルガオの花の写真を撮る。後はせっせとR150を戻るが、吉田町から渋滞を避けるために脇道へ。しかし道が広くないので気を使いながら走れば結局は同じだったかもしれないが渋滞がないだけでも気が楽だった。

13/5/1

   明日が八十八夜だそうだ。天竜区春野町では茶畑で土砂崩れが起きた。確かに最近地震が多いが、茶畑の亀裂が見つかったとニュースになりだしてからずいぶん経って、何回かに分かれて大きく崩れおちた。幸いけが人は出なかったが、1年の丹精を込めた収穫期にこれでは畠の持ち主にはお気の毒な事だ。
   確かに急斜面だし土も崩れやすそうな地質のようだが、原因がはっきりしないのが気にかかる。
   小松左京の『日本沈没』がベストセラーになったのは私の学生時代の事だった。映画にもなったので最後のたたみかけるような大地震や噴火ばかりが印象に残るが、プロローグは東京駅の壁の亀裂の前での主人公とその友達との邂逅だった。一方は1夜にして沈んでしまった太平洋上の島の調査、そしてもう一方は新幹線工事現場の測量数値の狂いの調査だった。彼らはまだごく日常の業務へ向かう若い暢気なサラリーマンなのだが。現実には起きないでもらいたいものだ。

茶摘み機の音軽快に山の朝     DORA

   そして明日はもう八十八夜。

4月    6月