16/10/27
三笠宮崇仁親王殿下が今日薨去された。100歳だそうだ。まだ妃殿下の百合子様も存命で、しかも80歳超える天皇陛下の叔父様なのだから高齢化した今の日本を象徴するような存在だった。昭和もいよいよ遠くなった。
16/10/7
隣組のお宅で不幸があった。「家族葬にします」と組長さんの「お手伝いはありません」のただし書き付き。
隣組だし、以前こちらがお香典を頂いているし、対応はどうしようと焦った。結局ご近所の長老にお伺いを立てて、「家ももらっているけど、今日は家族で静かにお通夜だろうから」と日を改めて伺う事にするとの事だったので家も右へ倣えにした。
最近はやりの家族葬だが、結局回状を出せばそれを見て弔問に来る方もあるだろうし、遠慮した方が後からそれぞれの都合で弔問に来ることになり、結局より煩わしくなりそうな気がするのだが…。
16/10/6
農大のOG会仲間と今年のOG会の場所の確認に行った。なんといっても毎回彼女の気働きで当日乗り切っていくので、コースタイムやルートの確認、実際の植樹の場所や駐車場・トイレなど、細かな確認は早い方が後が楽になると彼女の仕事の合間を都合してもらった。
話に夢中になり過ぎてR1バイパスの降りるべきインターを通り越してしまったが、カーナビのおかげで無事に森の駅・時ノ寿の小さな案内板を発見。黄金色の田んぼの中を進んで行く。道は細いが、そう車が来る所でもない。
山の中の道では別の会社が伐採の最中だったが、職人さんがタイミングを取って道を片付けて通してくれた。昨日の台風余波でやや湿気を帯びた道だが、やがて森の駅時ノ寿の建物と看板が見え、ついでにヤギの臭いがしてきた。
今日は事務局の方がいて、当日の植樹場所の説明などをしてくれた。今回予定している場所は山の麓の時ノ寿のエントランスに当たる場所で、せっかくだから花の咲く木なども植えていきたいとの事だった。苗木も小さいので移植ごてで十分との事で、だいぶ気が楽になった。帰りに場所を確認したら、広い平地でここでもかなり気が楽になった。
「せっかくだから」と奥にある研修棟の中も見せてくれた。NPOの仲間の大工さん・左官さん・電気屋さんなどのプロを中心に建てたというだけあって、さほど大きくはないがどっしりとした作りで、梁や戸などは古民家のものを修復して使ったりもしているそうだ。それなりに魅力的な所だが、まだまだこれが仕事として生活をしていくという段階ではないようだ。
ホイと空を見上げればクマタカが悠然と輪を描いていた。他にも動物は多いらしく、ムササビやモモンガ・日本リス・イノシシ・シカ・カモシカなども出てくるようだ。
帰り道で今度は電車で来る人達と待ち合わせる掛川駅をチェック、新幹線も停まる駅からわずかの所にこれだけの野生の王国があるのはちょっとした驚きだった。
その後の帰り道は志太常磐松会の話。今年亡くなられたS先輩の偲ぶ会をやりたいねぇと言いつつ戻ってきた。
16/10/5
厚労省ではなく財務省がかかりつけ医のシステムを作ろうとしているようだ。財源が足りないなどと言っているが、20年も前に、しっかり今に備えて貯めていたはずの年金を勝手に無駄遣いをしたのも彼らだったはずなので、不足したと我々にツケを回すのはやめてもらいたいが…。
ただし、かかりつけ医制度は大昔にも書いたが賛成だ。もっとも今彼らが考えているのは日本全国の状況を全く知らずに考えている机上の空論にしか思えないが…。
まず、医者の方が専門に傾きすぎていて、オールマイティな家庭医をできる先生がたくさんはいない。私1人をとっても、現在、歯科と眼科は継続観察で通っている。春は花粉症で耳鼻科、夏が多いのだがアレルギーが皮膚に出るので皮膚科、風邪を引けば内科と行先は違うが皆個人医院で先生は1人なので通い分けるしかない。それぞれのカルテも厚くなり、私の体質も知っているからどれも私にとっては主治医で1つにまとめろと言われても困る。それぞれ何十年も身体を張って選んできた先生方である。
もう1つ、主治医制度のネックになるのが、往診の問題だろう。主治医の先生が往診をしてくれれば、家の母も病院に預ける必要は小さくなる。すごい言い方だが、1世紀近く生き抜いて老衰で逝こうとしているのに治療はなじまない。しかし、死亡診断書を書いてもらうためには医師が居なくてはならず、結果として最期に救急車を頼むより主治医の先生に看取ってもらいたいと思えば病院にお願いするしかない。
今出ている案はまだまだ現実的ではない、再履修を求める。
16/10/1
豊洲新市場の問題がかまびすしい。今のままでは豊洲を通したものは食べたくないし、ありがたみもない…。単純に床下に水が溜まっているような建物は衛生的とは言えないだろうという肌感だけだが…。
ベンゼンだヒ素だの基準値以上の検出だと言っても、今までも基準値ほどはなくとも出ていたのだろうし、今年の高温と9月の雨続きで地下水位が動けば出てくるような所だったのだろうとしか思わない。温度にしろ雨にしろ天候は人為的に動かせないので、通り過ぎていくものについてはさほどの影響はないだろうが、この地で働く人々にとっては長い年月の間には大問題になりかねない。ここが本当に市場となるのなら、こちらの問題の方がむしろ気がかりだ。