ちょっとした感想   

0902/22

   自治会の役員研修旅行だった。毎年1回、自治会長さん・総代さんはじめ女性部・保険委員・自主防・体育委員・民児委員など自治会の役員が集まって1年間ご苦労様の慰労も加味して見聞を広げるためのバス旅行をする。
   今回の行き先は愛知、トヨタ博物館徳川美術館を訪ねた。
   朝8時、公会堂前からバスで出発。東名もスイスイと進んで遠州豊田PAでトイレ休憩。その頃までに後ろの席に陣取った若手はすでに酒盛りもたけなわ。次は上郷SAで休んだが、高速道路が整備されたため昔ほど道路もサービスエリアも混んではいない。
   スイスイと10時過ぎにはトヨタ博物館に到着。自動車が生まれた頃からの、トヨタ車だけでなく外車も国産車も本物がズラリと並んでいる。それぞれの年代に合わせて懐かしい車もあるようで、オーバーヒートに備えてバケツに水を入れて走っていたとか、薪を積んだ木炭自動車で蒸気を抜いていたずらをしたとか色々な話が出てくる。最後は愛知万博の無人軌道車。もっとも運転席にモリゾーが座っていたが…。
   朝はまずまずのお天気で暖かかったがこのあたりから雲が厚くなってきた。バスは名古屋の町の真ん中に。テレビ塔のまん前のお店で昼食。何が出てくるかと思えばしっかりと味噌カツにきしめん。バスに乗っているだけではいささか重かった。
   バスが近くの駐車場に入れずに「お食事の終わる頃お迎えに来ます」が繁華街の道路なので気を使って早めに外で待っていたらなかなか来ず、皆でしみじみとテレビ等を見ながらおしゃべり。昭和29年に出来たそうで、その頃は前の道も飛行機の滑走路にしても良いように広く作ってあったそうだが、今は真ん中に植え込みが出来ているし、ビルも立て込んでしまった。
   ここから徳川美術館へ。前庭には藁囲いの中のボタンが咲き、ちょうど季節柄お雛様展だったが、それ以外にも奥方達の調度品など華やかなものが多かった。
   後はひたすら帰り道。帰りの道路も空いていて予定より早く帰ることが出来、夕方から降り始めるといっていた雨にもあわずに帰ることが出来た。

09/2/21

   4年に1度春に、地元の神社のお祭りの当番が組に回ってくる。七社神社の摂社の形になっているので大掛かりなものではないが、神社総代さんとともに神社のお掃除をし、お供え物を上げて神主さんに祝詞を上げてもらう。女性陣はその間お直会の準備。最近はお料理・お寿司・刺身は業者任せでトン汁を作るくらいだが、なかなか皆で集まる機会もないのでワイワイとおしゃべりをしながら準備をする。
   本日はその準備。運動会の後の懇親会以来で、「意外と会わないんだよね」と言う話をしながら買い物や当日の段取りをした。

09/2/17

   中川財務・金融担当大臣がローマでのG7(先進7か国財務相・中央銀行総裁会議)終了後の酔っ払い会見の責任をとって辞任した。
   体調も悪かったという事になっているが、この世界金融不安の中で外国まで会議に行ってあの醜態が世界に見られて良いわけがない。会議中も居眠りをしていたとの外国の報道もあり、大臣としての責任のなさにあきれ返った。
   さらに、まさか1人で行ったわけでもなかろうに、その大臣を人前に出すのを止めなかった事務方の判断もとても一国の外交および経済運営を任せられるものではない。
   実は初めの会見報道を見た時は脳梗塞でも起こしたかと心配をしたのだが、脳梗塞は大臣ではなく日本という国だったようだ。

09/2/8

   昔々、地球上には13mを越える巨大なヘビがいたそうだ。変温動物のそれだけ巨大なヘビが存在する世界は今よりもかなり気温も湿度も高い世界だったらしい。
   地球は人間の都合などに関わりなく、それ自体で温暖化と寒冷化を繰り返している。
   我々人間にできる事はその地球のめぐり合わせの中で自分に適した所で生存するすべを確保する位しかないのかもしれない。

09/2/7

   新聞では産科医が不足をしていて安心して子供を生むことが出来ないという記事が出ている。地方に居ると産科医だけでなく医者そのものも不足しているように思えるが、それ以上の問題は地域状況とのミスマッチにあるように思える。
   数年前の改革で、上から、なるべく患者を早く自宅へ帰そうという取り組みが行われた。しかし、これは下からボトムアップしなければ出来ない事で、まず、何かあった時に相談が出来るかかりつけ医が居なくてはならない。そしてかかりつけ医に求められるのは専門性よりもオールマイティな判断力と慢性患者に対する管理能力となる。次に緊急時にはとりあえずそのかかりつけ医が往診してくれる体制が取れなければならない。その結果、検査や入院のために病院に行こうとする場合の搬送手段がなくてはならない。この時点で1度かかりつけ医が診察をしているので救急車が必要なのはごくまれだろうが寝台車の必要はかなりの頻度になるのではないだろうか。
   自宅に戻っても高齢者やケアの特に必要な障害者の場合、医療と介護は車の両輪となる。自宅を主たる生活の場とし、病院の混雑を緩和するためには先方からやってくる形にならざるを得ない。
   そして出産についてはトラブルさえなければ医師の必要はなく助産師さんの出番である。小まめにそれぞれの抱える不安を取りのぞき1年近い時間をかけて出産に関わっていくためには医療機関は慌しすぎる。家庭で出産をするノウハウの復活と緊急時の早い手配に力点を置くべきではないだろうか。
   大病院の忙しさは細かな不安の解決手段がなくなってしまった住民の不安に他ならない。

09/2/5

   今日はTANUKIが静岡のクリニックへ行く日。職場で復帰の相談もしたいからとの事で、朝、一緒に職場へ。それからクリニックに行って4月上旬復帰が望ましいとの診断書を出してもらった。しかし長期の休みになったので、2月半ばから職場へ顔を出してボツボツと職場の雰囲気や仕事の段取りに慣れて、その間に仕事になるかどうかのチェックもして、その報告を上部に上げて復帰可能かどうかを諮ることになるそうだ。
   「疲れたら帰って良いから午前中だけでも出てこないか」と言われて「午前中はダメだが午後は少しはシャンとしているから」と当座のスタートは午後出勤に変えてもらった。「行事予定などは気になっているようです」といささかのフォローを入れながら…。「怪我のように全治○月とはいかないから」とその点は理解してもらったが、「復帰して張り切りすぎて悪化する人もあるようでね」と管理職の心配も大変なようだ。

09/2/3

   父の体調が回復しないので病院と連絡を取った。かかっていなかったのだが、今後の介護がらみの体調管理をしてもらうには適切だろうと判断してかかりたいのだが行く手段が無いと言ったら受け入れるので救急車で運んでもらってくれと言われた。
   後ろめたさはあったが、他に手段も無くすぐに来てくれてありがたかった。
   救急隊が本人に向かってとりあえずの体調のチェックをし、こちらは状況を聞かれたが、どこまで前の状況から話せば良いのか、分かりにくかった。こちらも慌てているので、このあたりは救急隊の聞き方の訓練ももっとされても良いのではないかと思った。
   同様に病院でもこれまでの状況を聞かれているのか今の事実を聞かれているのか分かりにくかった。本来の救急ではないので、きちんとまとめておけば良かったのだが、聞き方の技術もあると思う。
   その上、保険証が期限切れになっているのに気が付かず、慌てて探して出てくるものでもなく市役所で再発行をしてもらった。
   とりあえず、点滴で飲めない食べられないから体力がなくなる心配は無くなった。

09/2/1

   気が付けば2月、昨日までの雨もあがり暖かな日となった。白梅に続き昨年植え替えてもらった紅梅にも花が付き出した。まだまだ小さな木だが春のさきがけを感じる。

雨上がり紅白の梅咲き競う     DORA

1月    3月