11/3/30
『ポリス猫DCの事件簿』(若竹七海著 光文社)をようやく見つけて読んでいる。
しばらく前にある所で「出た」という話を聞きつけて何度か本屋さんへ行ったのだが、なかなか見つけられなかった。前作の『猫島ハウスの騒動』がノベルスだったのでそちらの棚ばかりを探していたら違うパターンのサイズだった。思い込みがなければもっと早くめぐり合えたのかもしれない。
たくさんの猫が住んでいるネコ島のばか話的ミステリー(コージーミステリーというのだそうだが)で、しかし、ネコはあくまでもネコでそれを取り巻く個性的な人間達も個別に見れば普通の人なのだが組み合わせられると何とも面白い事件になる。
今回は短編の連なりだが、DCがより主役になっている。
ストレスのたまるニュース満載の中にいるとこういう暢気な中で息抜きをしたくなる。被災地はどこもまだまだそれどころではないだろうが、原発付近以外といえどもこの災害から復活するのには多分10年はかかる長丁場になるだろう。サポーターに廻るこちらが先にねを上げるわけにはいかない。
阪神も長崎普賢岳の周りも伊豆大島も同じではないけれども復活してきた。山越や小千谷などの新潟も長野も北海道の奥尻も多分それぞれの新しい生活が作られているだろう。書いて行けば日本はいつもどこがが自然災害に被災している災害列島だと言っても良い。それでも故郷が好きで災害もひっくるめて抱え込んで人々は暮らしている。
たまたま直接の災害が降りかかる地域ではなかったからこそ、どっぷりとはまりこむのではなく、普通の暮らしの中で長丁場でできる事をやって行きたい。
11/3/29
とうとう福島の野菜農家の方が自殺した。原発事故の影響で県産の野菜の出荷が出来なくなっての事らしい。
残念ながら今の状況で放射能の影響があるであろう物を口にしたくない。しかし、丹精込めて生産をされている農家の方達にとってそれは生きていくすべの無くなる事に他ならない。それは生活の糧であり、生活の張りであり誇りであったはずだ。まじめに土づくりをし丹精込めて作物や家畜を育てている農家ほどダメージが大きい。
農業生産というものは気軽に他の土地へ移って行って続けられるものではない。その土、土の中に住まう微生物まで含めた生態系である田畑こそが財産であり、農家が培ってきたものである。
今、福島だけでなく、東アジアのかなりの地域まで影響する命の危機に我々は居る事を意識する事だ。今すぐに急性原爆症による命の危機はまだ起こっていないが、3年後、5年後、10年後の事は分からない。実は我々世代はガンで命を落とす人が結構多い。ちょうど子供の頃、米ソの核実験がおおっぴらにやられていた頃で、「雨に当たるとハゲになる」などと言いあって育った世代が我々である。
11/3/28
福島第1原発の状況は傍から見る限り悪くなっている。
しかし、見た目は何ともないので住民は気軽に30キロ圏内にも出入りをしているそうだ。荷物もあるだろうし、畑の世話などの管理も気になるだろうが、相手は放射能、原爆の原料なのだが…。
チェルノブイリでもスリーマイルでも事故後に小児ガンの患者が大変増えたというニュースはそれぞれの事故の後で何度も聞いた覚えがある。子供の細胞は影響されやすい。少なくとも子供や妊婦さんを近づけるべきではないと思う。
もう1つ、原発の現場職員もそろそろ疲れでブログなどで様々な発信をしているが、これはまず会社の問題で、被災した社員に家族の安否を確かめるための休暇を取らせて、その分は本社から人を送るなりの労務管理をすべきだと思う。そんな事にも気の廻らない会社だから、津波被災までは仕方がないとしても、その後の対応がそこにいる人を忘れたまま数値だけを追った対策になっていると言われても仕方がない。
11/3/27
福島第1原発事故で現在周囲30キロまでが屋内退避区域になっている。
ところで、浜岡原発から30キロ範囲に焼津市の南半分が入る。何と言ってもここ駿河湾は、はるか以前より東海地震が来ると言っている所であり、今回の東日本地震同様に東海・東南海・南海地震のトリプルもあり得るという所である。さらには浜岡原発付近には断層がある事はすでに分かっている。(中電がそのための対策を取っているかどうかは知らないが)ついでに言っておくと海風の大変強い地域でもある。
以前(02/11/26〜27)にここでも書いたが、浜岡原発で事故が起こった場合の対応策があるのは周囲10キロまでで、焼津市ももちろんない。浜岡原発の対策会議のようなものも原発から10キロにかかる御前崎市・菊川市・掛川市・牧之原市は加わっているが、それ以外は加わっていない。
焼津市は昔、ここを母港とする第5福竜丸の被爆事件で放射能の被害とそれがもたらした風評被害を経験している。それにしてはあまりにも何もしていない。無防備だと思うのだがどうだろうか。
11/3/25
高校野球が始まっている。本日の第1試合は故郷・東京の日大3高vs明徳義塾、明徳義塾にリードされていたのだが、後半に跳ね返して6-5で日大3高が勝った。第2試合は現在住んでいる静岡県代表、しかも隣町・藤枝市の静清高校vs京都成章、学校名が似通っているのだが、9-3で勝利。セカンドの選手はすぐ近所に住んでいるTANUKIの元同僚の息子さん。次に当たるこの2チーム、さてどちらを応援するべきか…。
第3試合は今回の東日本地震・津波の被災地同士の対戦だった。昨年夏の甲子園に初出場した水城高校は水戸市にある学校。今回の地震で校舎やグラウンド、選手個々も被害にあったようだ。一方の光星学院は青森県八戸市の学校。甲子園の常連校でもある。光星学院が落ち着いた試合を行い10-0で勝利。しかし、水城高校はほとんど練習もできずに甲子園に入ったらしく、守備の連携のほころびで大差となったが、回がすすむとともにそのカンも取り戻し、後半は締まった良い試合となった。まだまだ不安の中で過ごしているそれぞれの故郷にとってしばらくぶりに地震をちょっと横に置いておける時間だったのではないだろうか。
11/3/24
ものの見事に風邪をひいたらしい。21日の午後からクシャミ鼻水が止まらなくなり、洟をかんでしばらくうとうとするとまた頬まで鼻水が流れてくるの繰り返しで、ほとんどまとまった睡眠時間が取れなかった。その結果かもしれないが猛烈なだるさと頭痛に襲われて、その後2日間ほとんどのびていた。
今日の夜は部会があるので、昨夜は風呂に入って髪も洗ったのだが今朝はゴミを出した後そのまま炬燵でダウン。つまり出した洟のせいで今度はひどい咳がなかなか止まらず頭痛も治まらないので、あきらめて内科へ行った。
これがまた大混雑。10時半頃に行って解放されたのは1時前だった。
処方箋を見た薬剤師さんは「去年の秋にも同じような症状でしたね。」と「同じ薬が出ていますよ」と薬を渡してくれた。
1日で治るわけでもないが、部会も無事に終了。提出書類さえ出せば明日はそれで他に予定はない。明後日は保育園の卒園式なので、その時には元気になれたらと思っている。
11/3/21
焼津みなとマラソンが中止になった。その他にも県内では静岡まつりや浜松まつりなども中止になった。浅草の三社祭も中止だそうだ。ある程度人が集まる行事だから早めにどうするのかを決定する必要性はあるのだろうが、中止の必要があるのだろうか。
プロ野球はセ・リーグについては予定通り開幕と言っていたが、ナイターの消費電力にクレームがついて延期されたようだ。こういう明確な開けない事情のあるものは仕方がないが、そうでないものをあえて中止する必要があるのだろうか。
確かに大きな災害が起こり、その地で多くの方が亡くなり困難な状況に置かれている多くの人々がいるのに不謹慎かもしれない。しかし、国全体が喪に服したままで人の動きも経済活動も止まってしまえば日本という国の血流が止まってしまうようなものである。
東日本の地震・津波・原発事故は確かに大きな災害だが、霧島での噴火や鳥インフルエンザなど、まだまだ国が対応をしなければならない問題はたくさんある。そしてそのためにはお金もかかる。きちんとした経済活動の結果として国に入る税金がなくては国の切りまわしもできない。一つの事に流されず、大きく見る目を持ちたい。
11/3/20
地下鉄サリン事件から16年が経ったそうだ。サリン事件とは関係がないが義父の17回忌になる。そして父の3回忌だ。
しかし、東日本大震災から10日目の節目の方が今の私には気にかかる。
地震と津波に関しては本来の避難所がそれなりに廻り出したのが4〜5日後だった。それについては大体想定していた通りだった。しかし、避難所でない所に集まって避難をしている方達との連絡の取れなさはこれだけ携帯電話も普及している時代に思ってもいなかった。各社もう少し中継所の機能について開発をしてもらいたいものだ。
さらにはガソリンや燃料の不足が救援物資の輸送や被災者の移動、復興支援の行動を妨げている様子は考えさせられる。素人考えで言えば日本の半分以上の地はなんでもないのだから、そこから船でも鉄道でも近い所まで運んで来て自衛隊や協力をしてくれている米軍のヘリで輸送できないものかと思う。戦争に燃料の補給は付きものでそのノウハウはあるのではないかと思うがどうなのだろうか。
災害でのダメージはそれほどでなく、自宅でさあ復興のために働こうと思っている人々がガソリンや食料などが手に入らずに動けずにいるというのは何とも哀しい話だし、地元の企業や商店が再開をしようにも物資が手に入らず、しかもガソリンがなくては人が動けないのが今の田舎暮らしだ。これではかえって被災のダメージが広がる気がする。
原発事故はすべての関係者にとって想定外だったのだろうから、この際それは置くが、今回後手後手に回ったことを肝に銘じて今後の災害対策に生かしてもらいたいものだ。とにかく、自衛隊も警察・消防も住民と国土の安心安全を確保するための組織なのだから、リスクはあっても最後まで頑張り通して仕事をしてほしい。東京電力も含めて本来首都圏のための電力供給の場を福島県に借りてしているわけだから東京からの出張者はメンツにかけてもきっちりとこれ以上大きな災害が起こらないように頑張ってほしいものだと思っている。
最後にへたくそな計画(どこが)停電についても言っておきたい。物流の不足と足の便がないために関東地方の人間が心持ちパニックになっている事を考えた方が良い。公共交通機関が縦横に走っているのは東京・神奈川・埼玉などのほんの真ん中だけだという事も分かっていた方が良い。その外側の交通をマヒさせて、その上に自分たちで動くためのガソリンが不足となれば人々が浮足立つのも当たり前だと思う。実際に物流も滞っているのかもしれないがハガキも宅配も東北方面以外は普通に着いているようだし、物不足はその表れではないだろうか。
普通に通電をして病院や介護施設以外はエアコンは使わずに済ます、首都圏の電車の本数を通勤時間以外で間引くなどをしたうえで節電のキャンペーンを張るなど長期的にできる事を考えた方が良いのではないだろうか。私の持論だがオール電化などとんでもない!と思う。
11/3/16
昨夜、富士宮で震度6強の地震があった。
とうとうテレビの緊急地震速報の音にも慣れてしまって、今度はどこだとのんびり思っていたらいきなり揺れだして驚いたが、焼津は震度3だったそうだ。もっとも静岡も藤枝も震度4で、ここだけ揺れが違うのは震度計の位置の加減かもしれない。
「何だ、震度3か」と思ってしまうのだから慣れとは恐ろしいものだ。
ただし、市の防災無線はセオリー通りに放送を行っていた。
11/3/15
首都圏で交通の混乱が続いている。
地震の2次被害なのだが、東電の発電所がかなりの被害を受け、発電量が足らないのだそうだ。特に福島第1原発は情報は順番に出ているが、地震・津波とともに原発管理用の電力供給が無くなり壊れたというのが本当の所ではないだろうか。職員が懸命に被害の対処をしているのであまり言いたくはないが、やはり大変危険なものの上で便利を享受していたと言わざるを得ないだろう。
それとは別に学年末・卒業式などの残っている首都圏の学校の状況が気にかかる。私学が多く登校範囲が広い所も多いし、職員も広い範囲から来ているはずで、ちゃんと登下校ができているのだろうか。
高校はほとんどが卒業式を終えたと思うが、小・中学校は今週・来週あたりではないだろうか。1年の節目、特に卒業という節目に当たる子供達にはこのゴタゴタは気の毒な気がする。
11/3/14
昨日東京へ出たのは大正解だったようだ。東電の電力量不足による計画停電への対応のため電車の運行がズタズタになっているようだ。あきらめて車の場合は停電で信号まで止まるとの事で、実際に静岡県東部でも夕方行われた。
あれだけの大災害だったのだから、色々な事が手違いも含めて起こるのは仕方のない事だが、東海地震の時にはこの教訓を生かすべくマスコミも行政も取り組んでほしい。
さて、阪神淡路の震災をくぐりぬけた知り合いが自分のブログに今回の地震の被災者にメッセージを送っている。体験したからこそのメッセージはなるべく多くの人に知ってほしいので、ここにリンクをさせてもらう。『日常ちゃめしごと♪』
11/3/13
今日は父の3回忌の墓参りに行こうとしばらく前から考えていた。ところが今回の地震で東名高速道路などが通行止めになり、どうしようかと思っていたのだが、昨日、大津波警報が津波注意報に格下げされて東名は開通、災害対策道路で交通規制されている所からも外れたので思い切って出かける事にした。
朝9時過ぎに家を出たのだが東名は他の高速道路並みに空いていた。もちろん自衛隊の車などがいつもより多めだったが、道路もPAも空いていて昼前にはお墓に到着。
石屋さんでは「揺れましたねぇ!」がお互いのあいさつ。しかし八王子でも揺れに驚いただけで被害はなかったようだ。
うらうらと暖かな中で墓参り。しかし、隅の方には雪が残っていた。今日は暖かだったが中央道の周りもかなり雪があったのでいつもより気温が低めなのかもしれない。
来週はお彼岸だしと一山越えた親戚のお墓にもお参りに行った。ただし花粉がひどいのでいつもなら歩く所を車で移動。お彼岸前なのでお年忌などで集まっている所もあるがどこの駐車場も空いていた。
1時を過ぎていたので高速にのる前にお昼を食べにお蕎麦屋さんへ入ったが、結構待たされて2時前のお昼。お蕎麦と饂飩のセットを頼んだのだが饂飩の方が美味しかった。
帰りは圏央道は空いていたが、中央道も東名もいつもの混み具合。対向車側は救援物資を運ぶ緊急車両が屋根の赤色灯を回して走っていたり、自衛隊の色々な形をした車両が走っていたり、非常事態中という感じがした。
11/3/12
福島第1原発で事故が起こりつつあるようだ。周辺住民の避難範囲をじわじわと拡大している。
経験のない大地震・大津波かもしれないが、それでも大丈夫でなければこんな危険な発電システムに頼っているわけにはいかない。
もしも大事故になれば、風向きによってはもっと大事になるかもしれない。ラッキーでも何でも大きな事故になる前にコントロールできる事を祈る。
それにしても、宮城・福島・岩手・青森の太平洋側の被害はひどい。今のところ津波による被害がクローズアップされているが、地震そのものの被害・火事による被害などもどれだけ増えていくのかまだまだ全貌は見えていないのだと思う。
11/3/11
大地震。幸いと言っていいのかどうか、東海ではなく東北地方太平洋沖地震、マグニチュード8.8だそうだ。しかも宮城沖と茨城沖の2か所の震源地から群発と言っていい揺れ方をしている。(その後マグニチュードは9に訂正された)
揺れによる被害だけでなく、大津波による被害もかなりすさまじいものがあるようだ。
被害にあわれた方々には、何もできないが心からのお見舞いを申し上げる。
午後は会議で、帰宅してからずっとNHKを点けているが、この静岡でも大津波警報が出て地域によっては避難勧告も出ているにもかかわらず、読みあげられるニュースは東北・北海道・東京などの情報ばかりで、地元の警報や交通情報はテロップが出るだけだった。
現在、災害弱者に対する情報の周知について我々も考えているのだが、これでは、もしこちらで避難を必要とする津波が来たらかなりの被害が出るのではないかと思った。
全体の情報は映像やテロップでも、実際にいる場所についての情報はテロップと音声できちんと伝えなければ、仕事をしながら情報をチェックしている人だけでなく、お年寄りや視覚障害者や聴覚障害者への情報の徹底にはならないと思う。
避難情報だけでなく、交通情報やライフラインに関するもの(東部では停電もしている)ももっと丁寧に地元情報を優先して公共放送の使命を果たしてほしいものだ。
11/3/8
突っ込みどころの多いニュース満載の今月上旬だったが、もう一つ取り上げる気にならない問題ばかりだった。
携帯を使った大学受験のカンニングについては、すでに何年か前に韓国などで騒ぎになっていたもので、対応が取れていなかった事にあれっと思った。それもメジャーな掲示板を使ったためにバレたという、やられた大学にとってもやった受験生にとってもずいぶんゆるんだ印象の事件だった。
政治の問題も色々とニュースはあったが、すべてが政争で、コメントをするとすれば、そんなつまらない事をやっている暇があったら、給料に見合う仕事をしろしかない。政治家にとっての仕事とは、日本なり地域なりの将来に向けたビジョンを描き、時間軸を作ってその段取りを示す事ではないだろうか。
そして、ニュージーランドの地震後の報道で、日本語学校の生徒が建物の崩壊によって多数行方不明になっているが、結果として瓦礫をはがしながら捜索と遺体収容が終了し、遺体の特定をしつつある所なのだと思うが、妙に感情的な報道に終始し日本人として恥ずかしかった。
11/3/1
今日のNHK『クローズアップ現代』で「お墓に異変!寺離れをとめろ」という話をしていた。
お墓がお寺から離れて納骨堂や霊園になり、檀家さんが減少しているという事だった。
こんな事を言っては失礼だが、我が家でもお葬式と法事以外ではお寺さんとのかかわりがない。
しかし、本来のお寺というものは、奈良時代の仏教伝来の頃は新しい知識のショーウィンド、その後も鎌倉時代あたりまでは最高学府としての権威と実力を持ち、人を育てる事をしてきたはずだし、僧侶自身もそのプライドを持っていたのではないかと思う。
時代が下って江戸時代には過去帳の管理や人別帳の管理など行政の末端としての役割と、寺子屋といわれるように子供の教育、よろず相談や、時には行き場のない人を引きとるなど社会福祉の役割もしていた。また、現在の公民館のような寄り合い場所としての現実的な機能も持っていた。
明治以降、行政機関が整うと共に公共的な仕事が無くなり、地域みんなのより所というよりはお寺の運営がその地域の旦那衆のステータスなにったあたりから、住民のためのお寺から葬式や法事などのためのお寺へと変わって行ったのではないだろうか。
今、お寺さんでも意識の高い方々は自殺防止の相談の取り組みや地域にねざす生きている人々と向き合った活動を始めているようだ。
宗教というものは自らの心のよりどころであり、そこからどう社会にかかわって行くのかという立ち位置の基本であり、仏教でも他の宗教でもそれにかかわる事で生きていくというのならば、社会に向かって己を開く自覚と覚悟がいるのではないだろうか。